
Silver
◆銀の特性と優位性
古来よりその白い輝きが魅力の銀は、金よりも硬い性質を持ち、金に次いで展性のある金属です。
展性とは圧力や打撃を加えても砕けてしまわずに、板や箔状に薄くのばすことができる性質を指します。
銀のこうした加工する上での優位性は、古くから世界中で様々な工芸品の素材として広く使われてきた所以でしょう。
(Photo1)シャトレーンパース(舞踏会の小さなバッグ)

銀はきれいな空気中では何も変化を起こしません。
しかし比較的科学変化を起こしやすい性質を持っており、大気中に含まれる硫化水素やリン、
あるいはリンと化合した水素などの影響を受けることによって表面に特有の変色を起こすことがあります。
銀素材の品をお持ちの方であれば、誰もが一度は目にしたことがある現象ではないでしょうか。
最近では宝飾品によっては、この変色の特性をアクセントとして楽しむ向きがあり、
専用溶液やメッキで人工的な燻し(オキシデーション効果)を演出することもあるようです。
銀は元素記号「Ag」(ラテン語のargentumより)で表わされますが、
一般的には「SV」(英語のsilverより)と表記する方が私たちの生活には浸透しています。
利用の目的によって銅などの金属(割金と呼ぶ)と合金にして扱われることが多く、
SV表記の後に続く数字は銀の含有量を千分率で示しており、これを「純度」あるいは「品位」と呼びます。
◎ 主な品位 ◎
(合金組成・千分率) (通称)
SV950 ⇒ 銀950:銅など50 = ブリタニア・シルバー
SV925 ⇒ 銀925:銅など75 = スターリング・シルバー
SV900 ⇒ 銀900:銅など100 = コイン・シルバー
SV833 ⇒ 銀833:銅など167 = ダッチ・シルバー
SV826 ⇒ 銀826:銅など174 = ダニッシュ・シルバー
SV800 ⇒ 銀800:銅など200 = ジャーマン・シルバー
最も古くから幅広く使われている品位はSV925。
これは12世紀ごろからイギリスで実用化されたスターリング・シルバー(sterling silver)
(単にスターリング、あるいは925)とも呼ばれる銀の品位です。
(Photo2)ホールマークの付いた銀スプーン

この合金は熱処理の仕方によって加工時は軟らかく、完成品としての使用時には硬く扱うことができるという優れた特徴があり、
ジュエリー業界では特に用いられています。
割金の量を多くすると硬さは増しますが加工性が落ち、見た目に黄色味を帯びてくることから
銀の品位があまり低いものはジュエリーには適さないとされており、
日本においてはSV925までを「純銀」と称しています。
品位はヨーロッパを中心とした各国由来の通称で呼ばれることがあり、
代表的なものだけでも覚えておくと時代や製造された地域を知る手がかりになるでしょう。
(Photo3)純粋な銀では柔らか過ぎて傷つきやすいため、他の金属との合金の形で利用される事が多い。

◆イギリスのホールマーク
イギリス製の銀製品にはリングの内側、スプーンの裏側などにホールマークと呼ばれる独自の刻印を見ることができます。
ホールマークは金や銀の品質を保証する検定印のことで
「品位(純度)」「産地」「作られた年」「製作工房」などを表すマークの呼び名です。
このホールマーク制度の歴史は古く、14世紀初頭にロンドンで行われるようになって以降、
1773年にはバーミンガム、シェフィールド両産地でも導入されるようになりました。
◆ スタンダードマーク(Standard Mark)
◆ アセイマーク(Assay Mark)
◆ デイト・レター(Date Letter)
◆ デューティー・マーク(Duty Mark)
◆ メーカーズ・マーク(Maker's Mark)
【スタンダードマーク(Standard Mark)】
スタンダードマークはその製品が銀(スターリングシルバー)で出来ているということを保証する最も重要な意味を持ち
このマークが付いていないということは、銀以外、または定められた基準値である92.5%以下の保有率ということになります。
スタンダードマークは横向きのライオンで表されているのが一般的ですが、
一時期、銀の基準値が92.5%のスターリングシルバーから
95.8%のブリタニアスタンダー ド(ブリタニアと呼ばれる女性の顔)に引き上げられた時期(1697〜1719年)に作られた作品は
横向きのライオン ではなく女性の肖像が刻印されています。
【アセイマーク(Assay Mark)】
アセイマークは産地を表す刻印で公的な等級の最上級は英国、
「ロンドン」の「レオパルド」で豹の頭のマーク、3つの塔を持った城の「エジンバラ」、
錨の「バーミンガム」、王冠の「シェフィールド」その他などが
英国政府認定の銀食器に刻印されています。
【デイト・レター(Date Letter)】
デイト・レターは製品が検査を受けた年号を表す刻印でA、B、Cとアルファベット順番になっていて
枠の形や字体、大文字・小文字等により形状が変化しています。
同じ「A」という文字であってもその書体によって作られた年が大きく異なるので、
詳細はマークと西暦との対応表などを手がかりに特定します。
【デューティー・マーク(Duty Mark)】
デューティー・マークは 銀器に税金が課せられていた時期の納税済みの証としてに君主の顔が刻印されていました。
【メーカーズ・マーク(Maker's Mark)】
メーカーズ・マークは職人や工房を識別するための刻印で
同じ工房でも年代によってマークが違っていたりイニシャルだけの場合もあります。
ホールマークの知識を深め、それがいつ、どこで、どんな品質なのかを判断するも
古いものであればルーペを用いても解読が困難なこともあり、
デザインや状態など複数の手がかりをパズルのように組み合わせて年代に見当をつけていく必要がありますが、
コレクターにとってはそれもまた楽しみの一つと言えるでしょう。
◆チャーム、宝飾品
銀はお守りや魔よけに使われてきた歴史があります。
イスラムの世界では預言者ムハンマドの恵みを受けた清浄のシンボルとして珍重され、
ヨーロッパでは幸運のしるしとして数々のチャームが作られました。
ブルガリアでは花嫁が銀のリングや冠を身に着けてお守りにする習慣が、
またノルウェーでは銀のブローチを教会でつけてもらうとお守りの効力が増すという言い伝えがあるそうです。
(Photo4)すずらんのチャームパース

こうしたお守りや魔よけの意味合いを持つジュエリーには、
良いものを 「引き寄せる」か、あるいは悪いものを 「追い払う」といったどちらかの側面が期待されますが、
銀の輝きはその両者を満たすとてもパワフルな金属と位置づけられているようです。
アンティークジュエリーの世界でも銀を用いたジュエリーは数多く残っていますが、
中でも1800年代を中心にダイヤモンドのセッティングに用いられた例は、
銀の特性を上手く利用したユニークな例と言えます。
カッティングの技術がまだまだ稚拙だったこともあり、
当時ダイヤモンドの魅力と評価は、輝きよりもその白さにありました。
そのためダイヤを台座に固定する際には、裏面を銀で薄く覆うクローズドセッティング技法が行いられ、
背面に銀を重ねることによって白さを強調したと言われています。
このセッティング技法は、アンティークジュエリーの時代考証において重要なポイントにもなっています。
(Photo5)銀はさまざまな宝飾品のパーツとしても取り入れられている。パースフレーム(バッグの口金)

◆銀器の美しさと感触
宮廷が時代のトレンド発信源であったヨーロッパにおいて、
食をエレガントに演出する銀器はとりわけ女性たちの間で競うように取り入れられました。
上流階級の女性たちがおしゃべりを楽しむくつろぎのひと時・・・アフタヌーンティー。
スコーンやサンドイッチなどの軽食をつまみながらお茶をいただくこの習慣は、
ヴィクトリア女王の部屋付き女官を務めたアナ・ベッドフォード公爵夫人アンナ・マリア(Anna Maria)によって
1840年頃に始められたのが最初だと言われています。
当時アフタヌーンティーを催すことができたのは貴族とそれに準ずる上流階級に限られていたため、
茶会を主催することは一種のステイタスと考えられていました。
身の回りの一切は召使や世話係に任せるのが当然だった生活の中で、
茶会だけは女主人が自ら一つ一つの作法をゆっくりと客人に見せながらふるまうという特別なスタイルで行われました。
(Photo6)美味しいお茶と銀器が貴族の女性のステイタスであった。

ティーナイフと呼ばれる小ぶりのナイフやティースプーンといったカトラリーに加えて、
主役のティーセット、軽食を載せるティースタンドやトレー、シュガートングやキャディスプーンなどの小物たち・・・
洗練された作法の先にあるピカピカに磨き上げられた美しい銀器は美意識の高い女性たちにとって常に注目の的でした。
ディナー前の2時間ほどの茶会とはいえ、銀器へのこだわりと関心は相当なものだったようです。
古くから銀製品は富と権力の象徴といわれ
当時の貴族はお抱えの銀職人により紋章やアルファベットを入れるなど
特別にオリジナルの銀食器を製作させていたといわれています。
(Photo7)エンジェルのトング

(Photo8)バラとすずらんのモチーフ

また銀器は使い込むほどに柔らかな触感が生まれます。
握った瞬間、安堵にも似た温かみを感じるアールのきいたカトラリー。
口元へ運ぶスプーンの舌触りは他の素材ではなかなか味わうことのできない心地よさです。
銀器が宮廷の一時のブームで終わってしまわずに広く伝わった背景には、
こうした皮膚感覚も大きく作用していたのではないでしょうか。
家の伝統や誇りを大切にする文化の中で、長く愛用された銀器から得られる愛おしい感触は、
生活を慈しむ感性に豊かに響いたに違いありません。
(Photo9)フランスの優雅なロココ銀器

Tweet

【参考図書】
『アンティーク・ジュエリー入門』 婦人画報社
『アンティークシルバー物語』 主婦の友社
『ジュエリーコーディネータ検定』 社団法人 日本ジュエリー協会
『世界お守り・魔よけ文化図鑑』 柊風舎
『図説西洋骨董百科』 グラフィック社
▲アンティークレッスン 目次